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キャリこれ

アート体験には、自分の意味を問い、客観視させる力がある ~草月流いけばな 五十野師範×研修講師 酒井氏対談インタビュー~

インタビュー

対談

2021.10.28

今、アート教育がビジネスや働く現場で注目される理由、草月流いけばな創作研修の特長や魅力、個性や多様性尊重から生まれるイノベーションについて、草月流師範の五十野雅峰先生、研修ファシリテーター酒井章さん(武蔵野美術大学大学院修士課程修了)にお話を聞きました。
インタビュアー・編集 株式会社日本マンパワー マーケティング部 緒方雪絵
〇五十野雅峰先生・酒井章さんのプロフィールは こちら
【目次】  ※青の目次部分をクリックすると各章にジャンプします
1、なぜ今、アート教育がビジネスや働く現場に必要なのか
(1)VUCA時代、分析だけでなく、どうありたいかというビジョンを元に意思決定することも求められているから
(2)多様性を増す組織の中でチームビルディングしていくには、前もって、リーダー自身が自己理解を深めておくことも重要
(3)創作者の個性や想いが映し出されるアート 草月流いけばな
2、草月流いけばなのフィロソフィー
~はなは創作者の個性や想いを映し出す。自分のあり方やビジョンが外在化される~

3、いけばな創作研修プログラムの魅力 ~五感の刺激・一期一会・自由解~
4、いけばな草月流が大事にしている指導 ~いける人それぞれの個性を大事にする~
5、個性を尊重する風土の中で、多様な個性が育まれ、イノベーションが生まれてくる

 

1、なぜ今、アート教育がビジネスや働く現場に必要なのか

(1)VUCA時代、分析だけでなく、どうありたいかというビジョンを元に意思決定することも求められているから
酒井氏:経営における「アート」の有用性を、広く世に知らしめたのは山口周氏です。
山口氏は、著書「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?(光文社新書)」の中でこう述べています。
「これまでのような『分析』『論理』『理性』に軸足を置いた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な世界において、ビジネスのかじ取りをすることはできない ※14ページより引用
近年、ものごとを構成する因子は数多く、かつ、それぞれの因子が動的に変化していくため、問題を単純な因果関係のモデルに落とし込むのが年々難しくなっています。
全ての要因の分析結果が出てから意思決定するのでは、今のビジネスのスピードに間に合わない。自分の中の真善美の意識や、この真善美の意識とつながってくる「どうありたいかというビジョン」を元に意思決定することも求められると山口氏は言います。
この山口氏の論は、2020年、パンデミックで先行き予測ができない(分析できない)中、試行錯誤を繰り返しながら先に進んできた各界のビジネスリーダーにとって、腑に落ちるところがあるのではないでしょうか。
(2)多様性を増す組織の中でチームビルディングしていくには、前もって、リーダー自身が自己理解を深めておくことが重要
酒井氏:また、コロナ禍を経て職場組織が多様性を増す中、ビジネスリーダー自身が自己を深く理解しておくことが一層重要になってきています。
ダイバーシティ・アンド・インクルージョン(多様性の理解・尊重)の重要性は、もちろんコロナ前から言われてきました。しかし、コロナ前は、性別、年齢、障がい、国籍などといった表層のダイバーシティが注目されていたように思います。
しかし、コロナを経て、私たちの働き方(リモートワークやジョブ型雇用の進展)や価値観の多様化が急速に進む中、リーダーは、個人のライフスタイル・価値観といった内なるダイバーシティにも注意を払ってチームビルディングしていく必要があります。
まずは、他者理解の前に自己理解から。
チームビルディングの前に、リーダーは、自身がどんな人間なのか自己理解を深め、自分や組織がどうありたいかというビジョンをもっておくことが重要です。
(3)創作者の個性や想いが映し出されるアート 草月流いけばな
酒井氏:先ほど、予測が困難な時代に意思決定していく材料の1つとして、自分がどうありたいかというビジョンを持っておくこと、また多様性に富む組織でチームビルディングしていくために、まずリーダーが自己理解を深めておくことの重要性をお伝えしました。
自分なりのビジョンを描き、自己理解を深める上でおすすめしたいのが、アート教育です。実際、近年、美術系大学院に幹部候補を送り込むグローバル企業が増えています。
自分の興味や疑問を起点に、自分なりの答えを探究、その結果を具現化していくアート。アートの手法や思考プロセスをたどると、自分なりの答え(ありたい姿)やビジョンを描きやすいと言われています。
今日は「自分のありたい姿を描き出す」という点に着目し、セルフアウェアネス力の高い草月流いけばなの研修プログラムをご紹介したいと思います。

2、草月流いけばなのフィロソフィー ~はなは創作者の個性や想いを映し出す。自分のあり方やビジョンが外在化される~

緒方:日本マンパワーでは、2019年から、いけばな草月流様と共同で、ビジネスリーダー向け研修プログラムの1つ「いけばな創作研修」をご提供しています。
草月様が大事にされている「いけばなが、その人を映し出す」というフィロソフィーと、今、ビジネスリーダーに求められている「自己理解やビジョンの明確化」に、重なるところがあると感じたためです。
草月様のフィロソフィー「いけばなが、その人を映し出す」については、五十野師範に詳細をお伺いしたいと思います。
五十野師範:「いけばなが、その人を映し出す」という言葉は、初代家元の『花伝書』が元になっています。
「花は美しいけれど
いけばなが美しいとはかぎらない。
花は、いけたら、花ではなくなるのだ。
いけたら、花は、人になるのだ」
いけばな草月流は、勅使河原蒼風先生が、昭和2年、26歳で創流しました。
勅使河原家は代々いけばなを家芸とし、父・久治もまた華道家でしたが、伝統に則った型通りのいけばなに疑問を感じ、草月流を始めたそうです。
花はいけたら人になる(はなに創り手の個性や想いが映し出される)は、蒼風先生が創流時からおっしゃっていたことで、草月流でとても大事にしている考え方です。
蒼風先生は、『花伝書』でこうも言っています。
「目で見えぬものを、いけよ。
目で見えぬものが、心の中にたくさんある。
花は具象的なものである。
いけばなは抽象的なものである」
酒井氏:草月流いけばなは、自分の心と向き合い、心の中にあるものをいけることを大事にされているのですね。
私は親が日本舞踊の師匠だったこともあり、幼少期から色々なアートに親しんできました。ほかのアートに比べ、いけばなは、自分の心やビジョンに向き合う瞬間が多いことが特長だと感じています。
いけばなは、植物に1回ハサミを入れると、元通りにできません。
命ある花にハサミを入れる重みを感じながら、自分がどうしたいのか、どういう作品をつくりたいのかをイメージし、都度都度、どの枝を残すかを選択していく。
そうした自分らしい選択の結果、作品が出来上がるわけですから、蒼風先生がおっしゃるように、いけたら花は花ではなく、人になるんでしょうね。
創作のプロセスにおいて、自分は意外に優柔不断なんだなと自己理解が深まったり、出来上がった作品を見て、作品に凝縮された自分らしさを感じたり。
いけばなは、セルフアウェアネス(自己認識力)を高めてくれるアートだと思います。

3、いけばな創作研修プログラムの魅力

緒方:いけばな創作研修は、現在、リアル型・オンライン型の両方で実施しています。
リアル型研修とオンライン型研修で、多少流れの違いはありますが、①自分のありたい姿をテーマにいける、そのための花材や花器を直観や感性で選んでいく、②他の参加者や師範から、自分の作品についてコメントをもらうというステップは同じです。
研修で参加者から色々な感想をいただきますが、一番多いのが「無心でいけていた。創作に没頭していた。」という感想です。
また、オンライン型研修は花材が同じなので、「同じ種類のお花を使っても、それぞれの参加者の作品がここまで違うというのが驚きでした」と、参加者の個性・多様性がより実感できたというご感想を多く頂いています。
こういったご感想を聞いて、酒井さん・五十野先生は、どう思われますか。
〇五感の刺激
酒井氏:いけばなは、視覚、聴覚、嗅覚、触覚の4感を刺激します。扱う植物によっては、味覚も刺激されるので、五感全てが刺激されると言ってもいいかもしれません。
こういった五感の刺激、また実際に手を動かし造形していく楽しさが、いけばなの没頭感、心理学でいうところのフローの要因になっているように思います。
〇偶然の出会い ~一期一会~
五十野師範:酒井さんのお話に加え、偶然の出会い・一期一会があることもいけばなの面白さです。
植物にも、1本1本個性があります。同じ品種だったとしても、全く同じものはありません。例えば、バラを手に取ったとして、1本1本のバラが、それぞれ主張する個性があります。
バラをどういけるかではなく、その時手にしたバラをどういけるか。そのバラの個性を最大限にいかすこと。そういった一期一会が、いけばなの本当に面白いところです。
どんな風に面白くしようか、どう自分をプラスしていけようかと考えていく時はゾクゾクする高揚感があります(笑)。ただ、「ここは切ってしまおう」「あ、失敗した」というような試行錯誤の繰り返しでもありますね。
〇自由解
緒方:今の五十野先生のお話を伺い、先だって研修を担当してくださった福島師範の「いけばなは自由解」という言葉を思い出しました。
数学には1つの正解があるけれど、いけばなに正解はない。どんな風にいけてもOKだと。
どんな風にいけてもいいと思うと、心が楽になりますよね。また、研修の時、参加者がお互いの作品について、「面白い」「その発想は無かった」などポジティブフィードバックし合っている場面に、いつも心温まります。
作品を通じて、参加者の個性や価値観を尊重し合う空気が醸成されやすいのも、いけばな創作研修の魅力だと思います。

4、いけばな草月流が大事にしている指導 ~いける人それぞれの個性を大事にする~

緒方:草月流で大事にされている指導法などがあれば教えてください。
五十野師範:草月流は、伝統や型通りにいけることではなく、いける人が、自分らしい個性を発揮して、のびやかにいけることを大事にしています。
私も、自分が予測できないような作品を、受講者がいけてくれた時にものすごく嬉しくなります。いける人の個性を引き出していける指導者になりたいと常々思っていて、次の2つを心掛けています。
①創り手の個性を感じた時にフィードバックする
「華やかな個性を持ってるね」などと、具体的な言葉で話すようにしています。
自分の感覚でないなと思った時も「私にはこれは出来ない。でも、人それぞれだから、あなたは、こっちをすすめていくといいね」と伝えています
②尋ねられない限りは、口をはさまずに見守る
創り手が、この枝を切ろうか切るまいか迷っているなと思っても、尋ねられない限りは口をはさみません。その選択は、創り手の個性があらわれる部分だからです。
ただ、創り手が、技術的に難しくてその選択が出来ないと諦めてしまった場合は、振返りの時に、こういう風にすればできるよともちろんアドバイスします。

5、個性を尊重する風土の中で、多様な個性が育まれ、イノベーションが生まれてくる

五十野師範:いけばなに限らないかもしれませんが、師範や生徒という関係性を超えたところで、個性と個性のぶつかり合いがあってよいと思っています。
私は、三代目家元・勅使河原宏先生のアトリエで色々なことを学びました。
草月流では、初代蒼風先生から今の四代目茜先生まで、いけばなの作風が全員異なっています。家元の継承=作風(型)の継承ではなく、それぞれの家元が個性を持っていて、そしてその個性がどんどん変わっていくことも良しとされています。
宏先生も、その例に漏れません。
家元を継承された初期の頃は、建材の垂木だけを使った作品に取り組まれていて、華やかな花をいけられた初代・蒼風先生との作風の違いに、びっくりする門下生も多かったと聞きます。
しかし、宏先生は、初代・二代目の作風を模倣するのではなく、自分の感性で新しい作風をつくりあげていきました。中でも、竹を使った作品は、その自由で独創的な表現方法が高く評価され、後に「草月といえば竹」と言われるほどになりました。
きっと、宏先生は教え子たちに対し、「みんな、超える作品を作れ」と思っていたのではないかと思うんです。
他人を超え、自分のこともどんどん超えていく。家元ご自身すら、超えていったっていいと思われていたのではないかと思います。
酒井氏:度量の大きな方だったのですね。今の宏先生のエピソードを伺い、個性を尊重する土壌がある中で、多様な個性が育まれ、イノベーションも生まれてくるのかなと思いました。
既存のビジネスでは、挙がった意見を「それが正解なのか」とクリティカルに見ることが必要でしたが、今後のビジネスには、1つの正解でなく、オリジナリティやクリエイティビティのある自由解が求められています。改めて、今後、ビジネスリーダーがアートの領域から学ぶことが多数あるなと思いました。
緒方:全く同感です。
五十野先生、酒井さん、今日は貴重なお話をありがとうございました!

■【11/19 草月会館での開催】「いけばなで多様性に富む組織を体感する~日本マンパワー×草月流コラボレーション企画~」 詳細はこちら
■【体験会レポート】「“自分のありたい姿をいけばなで表現する”新しいキャリア支援のかたち」  閲覧はこちら
いけばな草月流師範 五十野 雅峰(いその がほう)氏
1975年草月流に入門する。その後1982年より11年間、草月アトリエにて第三代家元・勅使河原宏氏の制作スタッフを務める。
現在、草月流本部講師、草月会財団理事、日本いけばな芸術協会特別会員、いけばな協会会員として活動。
草月本部では家元教室などを担当し、その他企業、小学校でも講師を務め、いけばなの指導普及に尽力している。
また、いけばな作家としても活動し、ホテルニューオータニロビー花、玉川髙島屋SCの催事、日本橋髙島屋ウィンドゥ装飾、東京ドーム世界らん展など幅広い場所にて植物と向き合い作品を発表し続けている。
株式会社the creative journey 代表 酒井 章(さかい あきら)氏
株式会社the creative journey 代表 キャリアのこれから研究所プロデューサー
1984年広告代理店に入社。クリエイティブ部門、営業部門を経て、2004年からのアジア統括会社時にアジアネットワークの企業内大学を設立。帰任後は人事部門でキャリア施策開発に携わる一方、NPO法人二枚目の名刺メンバーとして活動。東京汐留エリアの企業・行政越境コンソーシアム(LifeWorkS project Shiodome)を立ち上げる。2019年4月に独立し、㈱the creative journey設立。
国家資格キャリアコンサルタント、青山学院大学社会情報学部プロジェクト教授、早稲田大学エクステンションセンター WASEDA NEOプログラム・プロデューサー、筑波大学大学院・働く人の心理支援開発研究センター 客員研究員。アルムナイ研究所所長、武蔵野美術大学大学院修士課程(クリエイティブリーダーシップコース)修了