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キャリアとスキルは、人事ではなくビジネスの話(前編)

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2022.7.26


いま急速に関心が高まっているジョブ型雇用。その現象を多角的に検証し、その本質を考えて行くことを目的としてスタートした本連載。第6回は、ジョブ型制度のもとでの「学び」の最前線をレポートします。
インタビューさせて頂いたのは、日本アイ・ビー・エム株式会社人事・ラーニング部長の藤本亜子様。会社創立以来のジョブ型制度における人材育成の変遷をご紹介頂くと共に、DX(デジタルトランスフォーメーション)の時代におけるキャリア開発や能力開発のあり方について、ご自身の経験をもとに率直にお話しくださいました。
※藤本様のご所属・役職は取材を行った2022年6月当時のものです
■記事後編は、こちら
藤本亜子
日本アイ・ビー・エム株式会社
人事・ラーニング部長
新卒でIBM入社以来、一貫して人材育成エリアのキャリア継続中。2013年より学びのプロ集団である人事 ラーニング・チームをリード。「最高のラーニング体験により、IBMに『継続して学ぶ文化』を加速させ、共に未来を創る」を部門のPurposeに掲げ、グローバルおよび日本のIBM Learningの仲間と共に、時代や環境に則した「学び方」を追究している。
※藤本様のご所属・役職は取材を行った2022年6月当時のものです

Q: まず、藤本様のこれまでのご経歴と現在のお仕事についてお話し頂けますか?

はい。新卒でIBMに入社しました。当時は大量入社の頃で、2000人の同期とともに会社に入り、採用はSE職だったのですが、なぜか研修部門に配属されまして。以来、一貫して人材育成に携わってきました。現在は日本IBMの人事で、ラーニング・リーダーを務めております。

Q: IBM様全体のグループビジョンについてお聞かせ頂けますか?

「あらゆる枠を超えて より良い未来づくりをともに」というのが日本IBMのビジョンです。弊社は現在、ハイブリッドクラウド、AIといったテクノロジー領域にフォーカスしており、最先端のテクノロジー、創造性によってお客様、仲間や社会と共に良い未来を創っていこう、というビジョンを掲げています。その中で重点施策となっているのが、お客様と社会のデジタル変革(DX: デジタルトランスフォーメーション)をリードすることです。それを実現する柱の一つに「社員が輝ける働く環境の実現」を据えており、社員が輝いて働くことこそが我々のビジネス成長の源泉であり、日本社会に貢献するための礎だと信じて、「社員1人ひとりの成長」にフォーカスしています。

Q: 今おっしゃった「社員が輝ける働く環境を実現する」という理念はいつ生まれたものなんですか?

実はこの言葉自体を使い始めたのは、2019年に山口明夫が日本IBMの社長に就任してからです。ただ、誰もが自分らしく働きやすくなることを目指す「ダイバーシティ・アンド・インクルージョン」の観点や1人ひとりの成長のために社員の教育に投資をするという考え方自体は、IBMコーポレーションが創設された1911年当時からあったものです。それがコロナ禍での生活を経験し、社員の価値観も変わる中で、どこでも働くことができたり、より柔軟に働くことができたりすることの重要性が高まったために改めて表明することになりました。

Q: 御社の企業文化として「経験と人から学ぶ」ということを重視されていますね?

私は長く研修部門で研修プログラムを提供して、人のスキル習得や行動変容への取り組みに注力していたのですが、気がつくと、人は研修だけで成長するのではなく、いわゆる「70・20・10のモデル」でも言われているように、より良い経験から育ち、また周りの人、上司、同僚やお客様から学んで育つ部分が非常に大きいと思うようになりました。
それまでは研修プログラムの品質や効果のことばかり考えていたのですが、社員が育つためには、例えば適したジョブやチャレンジングな仕事を任せることはもちろん、上司や同僚からの支援、タイムリーかつ率直なフィードバックにより自らを振り返るといった様々な要素が働いて成り立つわけですね。弊社には、そこに長年取り組んできた文化と仕組みがあり、特に「互いに学び合う」点においては、人に自ら関わって教えたり、メンターになったりということがごく自然にできる組織風土があります。特別なお願いをしなくても、社員の誰もが、自分のスキルや経験を人のために使いたいという気持ちを自然にそのような活動に結びつけていると思います。

Q: 「経験や支援といった様々な要素から人は育つ」と改めて感じられたきっかけはあったんでしょうか?

通常の研修で社員と接するのはほんの1日、長くても数日という限られた時間です。その場で気付きを与えることが目的であり、その後社員がどうしたかを追うことができないジレンマがありました。
ある時、長期間に渡る育成プログラムの企画に関わる機会がありました。研修プログラムだけでなく、事前課題、期間中チームで実施し成果を出すプロジェクト、ジョブシャドーイング、ラウンドテーブル、メンタリングなど人との関係から学ぶ要素も多く組み込んだ継続性のあるプログラムで、終了後も参加者のキャリアを追跡しました。その時に「なるほど。自社の社員を育成するということは、このような形で様々な部門・立場の人を巻き込み、そこから起こる化学反応、相乗効果を期待してデザインできるんだ」と知ったのが一つのきっかけでした。
もう一つは、人材育成というものは人事部と研修部門のエゴではなく「ビジネスに結びつく」ことが重要であると気づいたことです。せっかく研修で得たものを発揮する機会をつくることは、ビジネス部門のサポートなしにはできないわけです。言い換えればビジネスを伸ばすために人を育てているので、その機会を作るのは会社の責任であり、ビジネスに資するプログラムを意識してデザインするようになりました。

Q: 御社を取り巻く環境変化の中でジョブ型の制度をどのように整備されたのかをお聞かせ頂けますか?

弊社はアメリカの会社ですので、元々ジョブ型だったのです。職務等級制度は私が入社した時からあり、さらに遡って1960年代には既に職務等級と処遇とを一致させていたと聞いています。その当時は「ジョブ型」という言葉はなく、「職務分類制度」と呼んでいました。一社員としてあまり意識せず、それを受け入れて過ごしてきましたが、日本IBMの歴史を振り返りますと、ジョブ型とスキルがより強く結びついたタイミングは、これまで3回あったように思います。
①プロフェッショナル制度の導入
1回目は90年代初頭です。IBM自身がコンピュータ製品を製造、販売していた会社からITサービスを提供する会社へとビジネスモデルをシフトした時に「プロフェッショナル制度」を導入しました。そこでプロフェッショナルとはどういうもので、どういう職種、スキルが必要かを定義しました。いわゆる営業職、プロジェクトマネジメント職、ITエンジニア職といった職種をプロフェッショナル制度としてキャリアパスを作り、整備したわけです。それまでの職務等級制度に「プロフェッショナル」という切り口を加えることで、職務とスキルの関係がより明確になりました。
②グローバルレベルでの資源の適正配置
2回目は2003年以降サミュエル・パルミサーノがCEOになった時です。「Globally Integrated Enterprise(GIE)」といって、日本IBMやアメリカIBM、インドIBMといった国別の会社でなく、全世界のIBMコーポレーションを一つの会社として経営する、という方針になりました。そのためにはグローバルレベルで徹底的に資源の適正配置をしなければいけない。その資源の中には当然人も含まれ、スキルを持った人を適材適所に配置することを目指したわけです。職務等級の定義や、職務に求められるスキルの定義は既に世界共通でしたから、どの国の社員も、同じ土俵で切磋琢磨してスキルをつける必要性が一層意識されました。
③環境変化と分社化
そして3回目は最近の話です。大きな環境変化に伴ってIBMは2021年にマネージド・インフラストラクチャー・サービス部門を分社化しました。分社化後の現在のIBMは、ハイブリッドクラウドとAIにフォーカスし、未来に向けて会社を変えていかなければいけない。そうすると、将来のビジネスに必要なスキルは何なのか、それを社員が身につけるためにはどういう施策・支援が必要なのかを考えることが重要です。現社員が新しくスキルを身につけると共に、外から必要とされるスキルを持つ人材を採用する、という両方の取り組みを加速させる必要性が高まっています。
要は初めからジョブ型(職務等級制度)があった中で、代々のCEOによる経営戦略に基づいて社員が新たにビジネスで必要とされるスキルを身につけることを奨励してきたのが、ご説明した3回の出来事です。

Q: 先ほどおっしゃった一番最近の環境変化とはどのようなものだったんでしょうか?

IT業界全体の変化が大きな要因です。GAFAなどの台頭によってDXの領域が厳しい競合環境になっていることは確かです。それに対しIBMとして取り組むべきミッションを考えたときに、これまでのビジネスのポートフォリオと未来のそれは違うわけです。未来のポートフォリオに向かっていく時に社員のスキルをどうするかは大問題です。分社化後の新しいビジネスポートフォリオに則して、社員のスキルをどう高めていくか、ようやく今年からその青写真のもとで走り出したという状況です。

Q: 未来のポートフォリオを描かれた中で、社員のキャリアはどのように定義していらっしゃいますか?

「社員が輝いて働ける」という理念のもとで鍵となるものの一つが「キャリア自律」です。社員が自分のキャリアを自分で具体的にデザインできるようになり、会社はその支援をするということ。
もう一つは、社員一人ひとり、キャリアは違うものだという「パーソナライズ」という認識です。その2点を意識しながら様々な仕組みを作っています。

Q: では本題の人材育成・開発についてお話をお聞かせいただきたいと思います。「Your Learning」という取り組みをされていますが、そのLearning policyについてお話し頂けますか?

「教育に飽和点はない」というIBM創始者による教育理念のもと、社員は学び続けなければいけないというモットーでやってきました。会社は社員の学びに投資を行い、社員と会社の双方に学びを続ける責任があるということです。この考え方がより強くなったのは2013年に当時のCEOのジニー・ロメッティが提唱した「THINK40というイニシアティブです。
それまではビジネスと「学び、スキル」にはやや距離がありました。「あくまでもビジネスファースト、スキルは二の次」であったと思います。ところが経営のトップであるロメッティが「IBMの社員たるもの、年間最低40時間はお客様と自分の成長のために時間を使うべき」と言ったのは本当に大きな出来事だったと思います。正直それを聞いた時「やった!」と膝を打ちました。Learning部門にいましたので(笑)。
スキルをつけることは自己啓発ではなくてIBMのビジネスのために必要なのである、と会社のトップが明言したわけです。2013年のその発言によって「社員がより使い易いラーニングプラットフォームとはどのようなものか」という議論が行われ、2016年にYour Learningが生まれました。それによってTHINK40をスマートに見える化(可視化)することができ、その結果、Your LearningやTHINK40が共通言語となって「学び続ける」ことに社員がコミットしてくれるようになりました。

Q: 最近の経産省のレポートでも「経営戦略と人事戦略の一致や連携の必要性」を説いているわけですが、御社は2013年時点でそれを明確に出された、ということですね。

はい、そうです。数年前からハイブリッドクラウドとAIにフォーカスすると決めたときには、現場の社員はもちろん私たちコーポレートスタッフに至るまで、会社からAIやクラウドの勉強を求められました。それによって経営戦略を理解して学ぶことの重要性を、私自身も改めて認識しました。

Q: (トップの発言が出た時に)「やった!」と思われたのは、どういうお気持ちだったんでしょうか?

研修は時間があるときに受けるものだとか、逆に就業時間中に勉強することが後ろめたいという考えが根強かったことは確かです。社員に研修に参加してもらうのに非常に苦労したり、簡単にキャンセルされてしまったりすることが多々あり、「研修は社員にとって必要ないのか」という悩みもありました。
そのような時に、グローバルのトップが「学習を続けなさい」と言ってくれました。2013年当時は、人事のトップではなく企業の経営者がそのようなことを言うのは珍しかったと思います。なので、私は「これは波が来た!」と思ったわけです。社員にとって学ぶことは、自分のキャリア開発のために必要であり、お客様や会社のために役立つのだという認識が広がるきっかけになりました。

Q: 経営と人事が連携する中で藤本様自身はどのような学びをされたんでしょうか?

例えばYour Learningでは、自発的に勉強することを促すレコメンデーション機能がある一方で、本当に必要なものは、必須としてアサインされます。なので、私自身も必須のスキル、AIやクラウドは得意分野ではありませんが、自社の戦略を理解すべきものと認識して学んできました。また、レコメンデーションされる研修には、自分では探したり選んだりしないプログラムが多いので、「出会い」だと思ってその中からピンときたものをまず学習してみることを心がけています。
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