人的資本経営が「より良い社会の循環」をつくる。(前編)
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2022.5.18
いま急速に関心が高まっているジョブ型雇用。その現象を多角的に検証し、その本質を考えて行くことを目的としてスタートした本連載。第4回は、ジョブ型同様、本年以降の大きなトピックとも言える「人的資本経営」についてレポートします。
いま、人材を資産と捉え対外的な開示をする動きが加速しています。お話しくださったのは、日本初のISO30414(人的資本の情報開示のためのガイドライン)コンサルティングサービスを立ち上げた株式会社HCプロデュース代表取締役の保坂駿介さん。人的資本経営とは何か。ジョブ型雇用やキャリアとの関係とは。これからの人事の役割とは。事業を立ち上げた熱い想いと共に、平易に語ってくださいました。
保坂 駿介(Hosaka, Shunsuke)
株式会社HCプロデュース 代表取締役
ISO 30414 リードコンサルタント/アセッサー
株式会社HCプロデュース 代表取締役
ISO 30414 リードコンサルタント/アセッサー
慶應義塾大学 法学部 政治学科 卒業、フロリダ州立大学 国際関係論修士。
国際協力銀行では、アジアや中東地域において日本企業が関与するインフラプロジェクトに対する融資や、途上国政府向け債権のリストラに携わった後、ワシントン駐在員を経て経営企画業務に従事。
ドリームインキュベータでは、環境、エネルギー、自動車、金融、商社等の海外事業展開支援、海外企業とのアライアンス構築支援、新規事業の立ち上げ等に従事した後、組織・人材プラクティスの責任者として、後継者計画の策定、経営幹部、ビジネスプロデューサーの育成、組織改革等に従事。10年かけて200人のリーダーを育成する “経営塾” を展開。日本初のISO 30414コンサルタントとして、人的資本マネジメントを支援。
2021年10月に株式会社HCプロデュースを創業し、人的資本の強化、分析、開示を通じた組織の中長期的な成長を支援。
ISO 30414電子解説書の作成、ISO 30414プロフェッショナル認証講座・マスター講座などを通じて、ISO 30414の正しい理解を拡散中。
Q : まず御社の事業と保坂様のプロフィールをお聞かせ頂けますか?
まず簡単な会社の紹介からお話しさせていただくと、ヒューマンキャピタルとドリームインキュベータ(以下DI)のビジネスプロデュースから取ってHCプロデュースという会社を2021年10月に立ち上げました。元々はDIの事業部として手がけていたものを、カーブアウト(企業が自社事業を一部門を切り出して独立させること)という形をとって、独立したものです。
株式会社HCプロデュース – HC Produce Inc.
株式会社HCプロデュース – HC Produce Inc.
目指しているところとしては「人的資本で組織の成長を支援する」と掲げており、グローバル水準の人的資本に関する様々なサービスを提供しています。ひとつは経営塾といって、後継者計画の一環として、半年から1年かけて、合宿形式で選抜型のリーダー育成プログラムを企業向けに提供しています。
そして、 今回のお話のメインとなるところですが、組織変革の枠組みの中でISO 30414を始めとするツールを使いながら経営戦略に基づく人事戦略を作ったり、開示したりといった企業の戦略作りをお手伝いしています。
そして、 今回のお話のメインとなるところですが、組織変革の枠組みの中でISO 30414を始めとするツールを使いながら経営戦略に基づく人事戦略を作ったり、開示したりといった企業の戦略作りをお手伝いしています。
私のプロフィールですが、キャリアのスタートは日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)で、日本企業の途上国進出・海外から資源輸入プロジェクトに長期で低利のお金をお貸しする事業に携わっていました。
そして10年ほど前、オバマ政権が誕生する前後ぐらいにアメリカに駐在する機会があったのですが、ジャパンパッシングやジャパンナッシングみたいなことを言われていたんです。日本企業がグローバルのプレゼンスを高めるような仕事をしていたのですが、海外に出てみるとそういう状況だったことにショックを受けました。直接日本企業の世界的なプレゼンスを上げるようなことをしたいと思い、産官学を含む多様なステークホルダーと共に社会課題を解決する新しい事業作りを得意とするDIに転職しました。
ドリームインキュベータでは、戦略コンサルティングから始まり、組織や人材に関する新しい事業の立ち上げを担当していたのですが、その中で、新しい領域としての人的資本に注目し、その規格であるISO 30414のコンサルタント/アセッサーの資格を日本で取得、人的資本に関するコンサルティングをドリームインキュベータ時代から始めていました。それを昨年10月にカーブアウトというカタチで立ち上げました。
Q : 人的資本経営やISO 30414に着目されたのは先見の明でいらっしゃると思いますが、保坂さん個人としてこの領域で会社を立ち上げられた思いはどのようなところにあったのでしょうか?
構想し始めた当時は、正直、ここまで普及するか分かりませんでした。元々担当していた幹部育成の領域でも、社員の成長のビフォーアフターを定量的に見たいというニーズがあったので「人の“戦闘能力”の可視化」はどんどん進むんだろうな、とは感じていました。
そういった中で、ISO 30414という話を聞いたときに「組織の“戦闘能力”の可視化」も合わせて進むんだろうな、と思って調べ始めました。その中で、ISO 30414を策定した海外のエキスパートとのつながりが生まれ、ISO 30414の個人認証について聞き、資格を取ったのがきっかけです。
そういった中で、ISO 30414という話を聞いたときに「組織の“戦闘能力”の可視化」も合わせて進むんだろうな、と思って調べ始めました。その中で、ISO 30414を策定した海外のエキスパートとのつながりが生まれ、ISO 30414の個人認証について聞き、資格を取ったのがきっかけです。
同じ時期の大きな動きとして、2020年8月、アメリカ証券取引委員会(以下SEC)が人的資本の開示を上場企業に義務付けたというニュースがあり、これはやがて日本にもやって来る大きな動きになるんだろうなという感覚を持ったんです。これは日本企業にとってはメリットが大きい話だと思いました。
というのも、もともと「企業は人なり」という言葉に代表されるように、日本企業は人の育成を通じて事業の成長を目指したり、人を非常に大事にするカルチャーを持っていますよね。なので、このISO30414という規格自体は欧米の雇用慣行を前提としているところもありますが、日本企業の強さをうまく海外に示していく上で有効なのではないか、逆にこういったルールが日本企業に不利にならないようルール作りに関与していく必要がある、という2つの理由から関わっていきたい、という思いが生まれました。
Q : 人的資本経営がまずグローバルから始まって、日本でも大きな流れになっていった経緯を教えて頂けますか?
投資家の注目が非常に高まっていることが、大きな背景としてあります。「企業は人」という概念は誰もが正しいと思っていながら、抽象的にしか語られていなくて、では具体的にどういうことなんだという点が、今いよいよ問われ始めていると思っています。
ご存知の通り、労働人口が先進国では減ってきていることや、多くの産業がデジタル化・グローバル化する中で、投資家が、企業がちゃんと新しい付加価値を生み出せるような人材を採用したり育成したりできているか、リテイン(維持)できているかといったことを見ようとしていることが、大きな背景としてあります。
アメリカでは、2010年代から、機関投資家が人的資本マネジメント連合なるものを結成し、SECに対し、もっと企業に対して人的資本の情報を開示させろというロビー活動を始めています。それを受けて、2020年にSECが上場企業に人的資本の情報開示を義務付けたことが大きな転換点になったと認識しています。
ご存知の通り、労働人口が先進国では減ってきていることや、多くの産業がデジタル化・グローバル化する中で、投資家が、企業がちゃんと新しい付加価値を生み出せるような人材を採用したり育成したりできているか、リテイン(維持)できているかといったことを見ようとしていることが、大きな背景としてあります。
アメリカでは、2010年代から、機関投資家が人的資本マネジメント連合なるものを結成し、SECに対し、もっと企業に対して人的資本の情報を開示させろというロビー活動を始めています。それを受けて、2020年にSECが上場企業に人的資本の情報開示を義務付けたことが大きな転換点になったと認識しています。
もう一つは「無形資産」の評価という観点です。アメリカのS&P500社に関するデータによると、企業の価値に占める無形資産の割合が70年代に20%前後ぐらいだったのが現在は9割に達しています。無形資産イコール人的資本ではありませんが、ソフトウェアやブランドや知財を作っているのはやはり人間だ、という認識から人的資本への注目が高まっています。
日本では、無形資産の割合はまだ低いですが、逆にアメリカだと、GAFAのような会社が大きな割合を占めていることからも、ブランドやソフトウェアといった無形資産の割合が大きくなることはイメージ頂けると思います。正に投資家が見ようとしているのは、これまでの財務指標に表れない経営資産をどう評価するか、だということです。
日本では、無形資産の割合はまだ低いですが、逆にアメリカだと、GAFAのような会社が大きな割合を占めていることからも、ブランドやソフトウェアといった無形資産の割合が大きくなることはイメージ頂けると思います。正に投資家が見ようとしているのは、これまでの財務指標に表れない経営資産をどう評価するか、だということです。
Q : 無形資産に対する注目が高まる中で、投資家と経営者の対話や、個人と企業間のエンゲージメントが重視されてきたことも背景としてありますでしょうか?
やはり従業員のエンゲージメントの高さが、企業の生産性や成長力に関わっていることが多くの研究結果として証明されていることと、今後こういった情報開示がより進んでいくと、両者の相関関係がより明確になっていくと思います。
Q : 今、人的資本の情報開示が、日本でも大きな流れとなっている背景についてお聞かせください。
人的資本の情報開示の話は、中長期的な企業の成長力を見守る動きです。なので、日本企業が昔から得意としている領域だと思っています。要は人を育てて事業を作るということを考えている。我々のクライアントにもそういう企業が多いです。中長期的に成長していく事業を作っていくという考え方自体が、日本企業にとって親和性があり相性が良い話だと思っています。日本でもこれまでの四半期ごとの財務情報の開示を見直そう、という動きがありますよね。より中長期的に成長していくために、人に投資したり大事にしたりする日本企業の考え方にマッチすると思います。
Q : 日本での動きは、どのような世界の潮流を受けて生まれてきたんでしょうか?
そうですね。日本においても海外の動きや投資家の視点を意識していると思います。
昨年6月のコーポレートガバナンスコード改訂、経済産業省の動きや岸田政権の人への投資を重視する方向性、あるいは国内でも人的資本の開示ルール作りが進むなど、グローバルの動きも背景にあると思います。ただ、以前からESG投資への注目は高まっていました。これまではESGのE(Environment)の領域に対する関心が中心でしたが、人的資本が含まれるS(Social)の領域にシフトして来たと考えています。
昨年6月のコーポレートガバナンスコード改訂、経済産業省の動きや岸田政権の人への投資を重視する方向性、あるいは国内でも人的資本の開示ルール作りが進むなど、グローバルの動きも背景にあると思います。ただ、以前からESG投資への注目は高まっていました。これまではESGのE(Environment)の領域に対する関心が中心でしたが、人的資本が含まれるS(Social)の領域にシフトして来たと考えています。
Q : おっしゃるように人的資本は、元々日本の企業が大事にしてきたところだと思いますが、人的資本経営を取り入れる中で、日本の企業がクリアしなければいけない課題はありますか?
ISO 30414に関して、日本企業にとっての課題は大きく三つ挙げることができます。
第一に、欧米の雇用慣行を前提としていることです。規格が、いわゆるジョブ型の労働環境を前提としているので、メンバーシップ型がメインの日本企業とのギャップはあるのは事実です。加えて、日本独特の年功序列、終身雇用や新人一括採用は、グローバルなベストプラクティスにあまり含まれてこない、という点です。ベストプラクティスや既存のガイドラインをもとにISO 30414は作られているので、導入をする上でのギャップがあります。
第二に、ISO 30414の中には、そもそもある程度の「仕組み」がないとデータとして取れないものがあります。例えば、リーダーシップに対する信頼やエンゲージメントなどですね。なので、360度評価や満足度調査をそもそもやっていないとデータが取れないという課題があります。あとは「重要ポスト」という概念や後継者計画が仕組みとしてある、という前提の規格になっているので、未整備の日本企業にとっては仕組み作りからする必要があると思います。
最後(第三)に、取り組みとしてあってデータも取ることはできるけれども、算出すると値がグローバル基準に対して低く出てしまうところです。例えば、ダイバーシティやエンゲージメントといった取り組みは、グローバルと日本を比較するとギャップが大きく出てしまうかもしれません。ただ、この点は「のびしろ」が大きい分、改善の余地があり、日本企業が積極的に改善の取り組みを見せていけば良い、と考えています。
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