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イベントレポート ダイバーシティ経営と自律型キャリア形成(前編)

イベント

2023.11.15

2023年9月12日、「ダイバーシティ経営と自律型キャリア形成」をテーマにイベントを開催しました。ゲストとしてご登壇いただいたのは、法政大学キャリアデザイン学部教授の武石恵美子様です。
前編では、時代や環境変化に伴い、ダイバーシティ経営へのニーズが高まっていること、そもそもダイバーシティや、ダイバーシティ推進の上で重要とされるインクルージョンとは何かを中心にお話しいただきました。
〇登壇者
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
武石 恵美子 様

 

1.キャリア形成を取り巻く状況 ~キーワードは「Diversity」
(1)変化のメガトレンドと、これからの社会「Society5.0」
 今、世の中が大きく変化しています。その変化のメガトレンドとして「3つのD」が挙げられます。「Demography」「Diversity」「Digitalization」です。「Demography」は人口の高齢化、長寿化、「Diversity」は人材の多様化、「Digitalization」はデジタル技術による生産、市場、雇用・労働の変化を意味します。
 そうした変化を受けて内閣府は、日本がめざすべきこれからの社会として「Society5.0」を提唱しました。Society5.0とはデジタル化が進んだ創造社会のことで、狩猟社会の1.0、農耕社会の2.0、工業社会の3.0、情報社会の4.0に続くものです。Society5.0が実現された社会では、サイバー空間とフィジカル空間が融合してさまざまなデータやモノと人とがつながり、これまでの課題や困難に解決の道が開かれたり、新たな価値が創造されたりしていくということです。

 このSociety5.0の下で、企業に求められるものは何でしょうか。経団連は、「意識」と「組織」の両面を変革すべきだと提言しました。
 「意識」面では、経営トップから現場に至るまでのマインドセットの変革、例えば失敗を許容する風土を醸成して新しいチャレンジをしていくといったことことが重要です。「組織」面では、非連続な動きで将来がわからない中、多様な人材の知恵を結集して、つまりダイバーシティ(Diversity)を推進して経営の舵取りをしていくことが重要になります。
(2)昭和的な組織の課題
 一方で、いわゆる「昭和的」な組織も残っています。昭和的組織の課題としては大きく3つ挙げられます。
 1つ目は、同質性・均質性が効率的だという信念による弊害です。同じであることが居心地良く、「和」が大事だという考え方は、少数者からすると多数派への同調が求められるというプレッシャーになります。
 2つ目は、組織の外と内との間に高い壁があることです。終身雇用は崩れてきましたが、昭和的組織では「自社の常識」と「社会の常識」とがまったく違うこともあります。
 3つ目は、いわゆる「メンバーシップ型雇用」が限界にきていることです。昭和的な組織では、人事異動や業務分担など「適材適所」の判断が組織主導で決まります。従業員個人が自身のキャリアを選択することが難しいため、モチベーションを下げてしまいます。
 こうした昭和的な組織で「Society5.0」「VUCAの時代」を乗り切るのは困難です。いかにダイバーシティやチャレンジを許容する組織に変革できるかが、経営課題と言えるでしょう。
(3)人的資本経営とキャリア開発
 また、最近の流れとして、「人的資本(Human Capital)」が注目されています。内閣官房でも昨年2022年8月、「人的資本可視化指針」をまとめました。その内容は、企業価値を判断する際、無形資産と言われる人材への投資や、どのような人材がいるのかが非常に重要であり、その人的資本を可視化していこうというものです。
 この人的資本経営の流れをつくったのが、「人材版伊藤レポート(※)」です。
※人材版伊藤レポート: 経済産業省が開催した「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」の内容をもとに発表された報告書の通称。 企業経営における人材戦略の現状とあるべき姿を比較、人的資本経営という変革をどう実践していくかのアイデア等をまとめたもの。
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220513001/20220513001.html
このレポートでは、変革の方向性として、下図の6つが挙げられています。

出典:人材版伊藤レポート2.0 7ページ
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf
 方向性の5つめに、個と組織の関係性について、「相互依存」から「個の自律・活性化」へ、という方向性が示されています。
 この「個の自律・活性化」は、キャリア開発に通じると考えます。「私は大学でキャリア開発論という授業を担当していますが、学生たちに最初に理解してもらうのが「キャリア開発と人材開発の違い」です。後者の人材開発は組織が主体で、人材の能力を高めて経営に貢献させようとするものです。
 一方、キャリア開発は個人が主体です。組織にとって有用な人材であることに加え、働く個人がどうありたいかも重要になります。ただし、個人が勝手気ままに自分のキャリアを考えていると組織の経営方針とずれが出るかもしれません。個人のやりたいことと組織のパーパスを調整しながら、個々人が自身のキャリアを自律的に開発する。それが、人材の多様性を生み、組織のイノベーションにもつながります。

 

2.「キャリア」のとらえ方の変化
 1で述べた時代や環境の変化に伴い、「キャリア」をとらえる考え方も変化しています。ここでは、伝統的なキャリア理論と新しいキャリア理論(ニューキャリア理論)を対比して、少しご紹介します。
 まず、1つ目は、キャリアの意味についてです。伝統的なキャリア理論では「仕事上の経験」ととらえるのに対し、新しいキャリア理論では「仕事を含むライフキャリア」ととらえます。キャリアの概念が広がっています。
 2つ目は、社会環境。伝統的な理論では、安定した就業環境を前提に、早い段階で自分に合った職業を選択するとキャリアは成功すると考えられました。一方、新しい理論では、VUCAの時代で不確実性の高い就業環境のため、環境変化に適応したキャリアが重視されます。
 3つ目は、キャリア発達・成功をどう考えるか。伝統的な理論では、地位や権力などの「外的キャリア」が重視される一方、新しい理論では個々人の内的な規範で多面性を持つ「内的キャリア」が重視されます。

 

3.Diversityを重視する経営へ
(1)あらためて「ダイバーシティ」とは
 ダイバーシティとは多様性のことです。ダイバーシティ経営では人材に注目しますが、それだけでなく、文化の多様性や生物多様性も重要な視点といえます。人材多様性には、性別、年齢、人種、障がいの有無などが思い浮かぶかもしれませんが、それらは表層的なものです。
 実は、深層的なものとして、宗教、価値観、スキル、経験などもあるのです。こうしたさまざまな側面を掛け合わせていくと誰一人同じではなく、一人ひとりが個性的で、他者と違うユニークな存在であると言えます。
 ダイバーシティ推進では、一人ひとりが能力を発揮する環境をつくっていくことが重要です。また、個人の側には、一人ひとり、ダイバーシティ経営へ寄与することが期待されます。

© 2023 Emiko Takeishi
 ダイバーシティ推進の際、よく生じる誤解があります。これまで企業で能力を十全に発揮できなかった女性やシニア層など、「マイノリティに対する施策」だと思われることです。しかし、実際は、「マイノリティのための施策」はダイバーシティ推進の一部でしかありません。マイノリティの問題に注目することは重要ですが、その先に個々人がそれぞれに個性的でユニークな存在であるということを見据えるべきでしょう。
 ダイバーシティの価値は、「異質性のメリット」にあります。複雑な問題を解決する際、発想やスキルなど認知的多様性があると問題解決に辿り着きやすい、いわば「集合知による課題解決」です。異質性のメリットについては、また後で詳しくとりあげます。
(2)組織内でダイバーシティを推進する効果
 では、組織内でダイバーシティを推進していくと、組織的にどのような効果があるのでしょうか。
 実は、さまざまな研究の結果、「人材が多様だと組織的に何らかのメリットがある」という直線的な関係にはないことがわかっています。なぜなら、人材多様性には「異質性のメリット」がある一方で、異なるグループ間で対立や葛藤が生じてしまうなどのデメリットもあるからです。
 そのため、集団間の対立の解決にエネルギーを割かざるを得ない、それによってうまく組織運営ができない、などの事態が生じることもあります。
 このため、ダイバーシティ経営の研究では、人材多様性が成果に結びつくためには何が必要か、ダイバーシティと成果の間に介在する要因を明らかにすることが、主な領域になっています。
  Guillaume他(2017)は、ダイバーシティと成果の間に介在する要因として次の6つを挙げました。
(1)戦略:イノベーション戦略、成長戦略等
(2)組織デザイン:規模、属性、職務特性、相互依存性等
(3)人事施策:人事制度全般
(4)リーダーシップ:トップマネジメント、職場マネジメント
(5)組織風土・文化:インクルーシブ風土、心理的安全性
(6)個人要因:性格、モチベーション、態度
出典:Guillaume他(2017)より
Guillaume, Y. R. F., Dawson, J. F., Otaye-Ebede, L., Woods, S. A., & West, M. A. [2017] “Harnessing demographic differences in organizations: What moderates the effects of workplace diversity? ,” Journal of Organizational Behavior, Vol.38, No.2, pp.276-303.
 (1)から(5)までは組織の課題、(5)(6)は社員個人の課題かと思われます。(5)は両方に重なります。
 特に最近注目されているのが「インクルージョン」です。「インクルーシブな風土」「心理的安全性」などと呼ばれるものです。「一人ひとり違う」ことを受容され、組織の中で自分が安心して発言・行動ができるという心理的安全性が確保されている状態です。
(3)多様であることが許容・推奨される「インクルージョン」
 「インクルージョンって具体的にどういうこと?」と思っている方もいるかもしれません。次のマトリクスがわかりやすいでしょう。「独自性の価値」と「所属性」の2次元で説明をしていて、その両方が高い場合に「インクルーシブな風土」と考えられます。

Shore, L. M., Randel, A. E., Chung, B. G., Dean, M. A., Ehrhart, K. H. & Singh, G.(2011)“Inclusion and Diversity in Work Groups : A Review and Model for Future Research,” Journal of Management, Vol.37, No.4, pp.1262-1289.
 もう少し詳しく、インクルーシブではないケースも、取りあげていきます。
 まず、マトリクスの右上、所属性は高いけれど独自性の価値が低い「同化」。組織における例としては、女性の管理職を増やしても、管理職になった女性が男性管理職と同じ基準で評価されるような状況があげられます。その場合、女性は、男性に同化しなければというプレッシャーを受け、人材多様性の価値が失われてしまいます。
 マトリクス左下の「差異」も組織でよく見られます。例えば、「女性はこの分野の能力が高いから、その仕事で頑張ってもらえばいい」というような、組織の本流でコミットできない状況です。
 個人が、それぞれの強み・能力を発揮するために、インクルージョンは非常に重要です。
後編では、ダイバーシティ経営のメリットである「集合知での課題解決」について、図をもとにわかりやすくご紹介いただきました!合わせて、表裏の関係という「ダイバーシティ経営とキャリア自律」について、武石先生の研究内容もご紹介いただきました。
最後は、ダイバーシティを推進するにあたりキャリアコンサルタントが貢献できることについても考察を深めていきました。
ぜひ、後編もご覧ください!