本当の「感情」とは何だろう?
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2026.4.10
いま、広がりを見せているEX(従業員体験・経験)というメガネを通じて「働き方のこれから」「キャリアのこれから」「人事のこれから」「社会のこれから」を見通していく本連載。EXを考える時、必ずセットで出てくるワードが「感情」です。
第6回は、「感情労働」を日本において先駆的に研究されてきた関谷大輝先生にお話をお聞きしました。「表層演技と深層演技」というキーとなる概念と共に、生成AIの影響によって分岐点を迎えようとしている感情労働の「現在地」をざっくばらんにお話しくださいました。
1「感情労働」という概念
Q1: 感情労働という概念は、1983年に社会学者のアーリー・ホックシールドが提唱しましたが、その定義を教えていただけますか?
関谷:もともとは、サービス業を中心に「お客様の満足のために労働者が感情をコントロールすることが、その仕事の絶対条件になっている仕事」を指します。お客様に望まれる、「快適」「楽しい」「満足」といった感情経験を提供するために労働者側が自身の感情をいろんな形でコントロールをする。感情を我慢して出さないとか、逆に笑顔を無理やり作ってみせるとか、言葉遣いを変えるとか、いろいろやり方はあると思います。

Q2: 私は、ご著書(「あなたの仕事、感情労働ですよね?」)を拝見して衝撃を受けたのですが、そもそも関谷先生がこの「感情労働」に着目された動機はどのようなものでしたか?
関谷:半分以上は偶然です。大学院生の時に研究テーマを色々と検討する中で、たまたま「心理学研究」に掲載された「感情労働の尺度」についての論文を読んで興味をひかれたことがきっかけでした。当時は、現役の公務員として仕事をしていたのですが、まさに自分のことでもあり、あらゆる職種や現場 に広がっていく可能性がある概念だと感じました。
Q3:私自身、自治体の方々との仕事もしていますが、本当にあらゆる感情を受け止めなくてはいけない立場なので、いまのお話はよく理解できます。
関谷:おっしゃるとおりですね。民間の人たちからご意見や批判を頂戴しても反論はできない立場なので・・・。
2日本人はなぜ、ここまで気を遣ってしまうのか
Q4:感情労働における日本人の特徴はありますか?
関谷:国別の比較研究は少しありますが、日本人の特徴がクリアにわかるデータはありません。ただ、海外旅行などに行くとよくわかりますが、日本人は丁寧すぎるほど丁寧だったり、良くも悪くも規範・マナー・ルールをすごく気にしたりしますよね。
むしろ、海外の皆さんの方がラフというか。店員さんなども、お客様さんと対等な感覚でカジュアルに対応している気がします。一方、日本人は誰に言われるでもなく自ら進んで 感情労働をしていこうとするカルチャーが根付いている気がします。
3仕事は「演技」なのか? ― 表層演技と深層演技の違い
Q5:先生は、研究の中で「演技」という切り口で研究されていましたね。
関谷:はい。感情労働の概念の中では、「演技」というものがキーの捉え方になります。私も俳優さんなどにインタビューをして、演技という視点から感情労働を捉えてみることも試みていました。
Q6:感情労働で「演技」という捉え方をする場合、「表層演技」と「深層演技」に分かれると言われていますね。
関谷:表層演技も深層演技も、自ら意図的に行う「演技」です。表層演技の方は、本音と建前が分かれて、建前を適切に作り込みます。一方、深層演技は、本音と建前がある程度一体化してしまう、という特徴があります。
つまり、気の持ちようから仕事に合わせていくようなものです。例えば、看護師さんが患者さんに共感するふりをしてやり過ごすのではなくて、ちゃんと共感して一緒に「悲しい」とか「つらい」とか「楽しい」といった気持ちを自分自身も味わいながら役割を果たしていくようなものです。

4いつの間にか“仕事の自分”が本当の自分になるとき
Q7:企業の中でも長い期間働く中で、建て前を使い分けているつもりでも、いつの間にか一体化してわからなくなってしまうこともありますね
関谷:あり得ると思います。カウンセラーの方に以前インタビューをさせていただきましたが、素の自分がだんだんカウンセラーっぽくなっていくような傾向も見られました。おそらく、素のキャラの自分と職業的な役割で調整していった自分があり、それがだんだんハイブリッドしていくようなものでしょうね。一昔前だと、学校の先生は家でも厳格だったり、警察官も家庭でもそういう雰囲気だったり。
5成長につながる感情労働、すり減る感情労働
Q8:ハイブリッドな自分になっていったり、深層演技をしたりすることは人格の成長につながるように思いますが、いかがでしょうか?
関谷:深層演技って、ちょっとレベルが高い演じ方だと思うようになってきました。ある程度その仕事の価値観に共感がないとやっていけないし、自分自身がある程度エンゲージメントしていることにもなってくるし、そうすると自分と仕事の垣根が若干薄くなるでしょう。深層演技は、自分の感情や価値観をある程度自覚して、自分の感情もうまく使い、相手の感情ともすり合わせをしないとできないので、(自身の)成長にもつながってくるでしょうね。
6生成AIと労働
Q9:ご著書が出版されて今年で十年目になります。この間、感情をめぐる状況がかなり変わってきたと思いますが、たとえば生成AIの影響などはありますか?
関谷:そこはめちゃくちゃあると思っています。ポイントはいくつかあって、一つは AIが今後どうなっていくのか予測が立たない、ということです。2013年にオックスフォード大学が「雇用の未来」という論文を発表して「AIに代替される仕事、代替されない仕事」が話題になりましたが、 代替されないのは、看護師さんや学校の先生といった感情労働系の仕事だとされました。ただ、その当時の AI と今の生成 AI は概念的に別物なので、その仮説は成り立たなくなっているのではないかと感じています。そう考えた時に、今の生成AIは感情を持っているのだろうか、という新たな問題が浮かび上がっています。
ChatGPTなど、感情的な応答が非常にうまいですよね。それを共感と言っていいのかどうかわからないですけれど・・・。学生でも社会人の皆さんでも Chat GPTを「チャッピー」と呼んで悩み事を相談するカウンセラーとして使っている事例が多くなっています。そこら辺のよくわかんない人に聞くよりも聞きやすいし、お金はかからないし、となった時に「この先どうなるのだろう」と私は疑問に思っています。
ロボティクス的な精密な動きと、 AI 的なものの処理ができる看護士さんのロボットを開発しようと思えばできてしまう気もします。大学で授業をやっていても「この授業、何の意味があるんだろう」と感じる時があります。AIに聞けば全部分かるし、情報を全部AIにぶち込んで整理や説明をしてもらったら10分で終わる話を、なんでわざわざ90分話しているのかな、とか自分の中で葛藤状態にあります。
そうなると、 EX(従業員体験)ならぬ「Emotional Experience」は人間がいなくても AI で成り立ってくるのかな、とも感じますね。人間から変な接客を受けるぐらいなら、ファミリーレストランの猫型ロボットに配膳してもらった方がよほど無難かもしれない。ただ、そうなると感情労働の根本が崩れるのですが・・・。
一方で、コロナのときに一時期流行ったオンライン飲み会が今はないよね、という話を聞きます。お酒が好きな人はやっぱり直接顔を突き合わせて飲んでいるんですよね。となると、生の人間同士の関わりに本能的な価値があるんだろうとも思います。
つまり、感情の深さや個別化が求められない部分はどんどん AI 化していくのかもしれないが、本質的なサービスをしっかりとやるべき場面では、人間のおもてなしを今まで以上に求めていくようになるのかもしれない、と感じています。もしかすると、そういったところにサービスの差別化が出てくるのかもしれません。
Q10:先生のおっしゃる「葛藤」という言葉は、よく理解できます。企業の方々とお話をしていても「若手の育成で悩んでいます」という声をよく聞くようになりました。例えば人と人とのコミュニケーションが大事な営業という職種でも、今の若手はすぐ 「タイパ重視」でChatGPT で回答を求めて、それをそのまま得意先に提案してしまう、と。まさに「葛藤」という言葉が出てきます。いろいろな職業で葛藤が AI によって生まれているのかもしれないですね。
関谷:本当にそうですよね。大学でも、レポート課題におけるAI使用の是非がすごく問題になっています。AIの出力を、そのまま「丸写し」することは禁止しているのですが、一部の学生は自分で試行錯誤することをやめてしまっています。こうなってきた時、自分の感情と頭で感じて考える意味は今後どうなっていくのだろう。と思っています。
「自分の頭で全て考えて答えを出すことに価値がある」というスタンスの人がいれば、「その考えは古い」という人もいて、どっちもありな気はするんですよ。感情労働という枠組みで考えると、お客様が求めるものは変わっていくんだろうと思っています。それによって感情労働の提供の仕方も変わっていくはずです。今はその過渡期というか不透明な状況ですね。
7EX(従業員体験)は誰のためのものか
Q11: EX(従業員体験)というテーマに入りますが、企業や組織に EX というものが広がる兆しを見せていますが、感情労働的な要素も求められていくのではないか、と思います。この EX と感情の関係性について、お感じになることはありますか?
関谷:感情労働に求められるものによって EX(従業員体験)の在り方 も変わっていくと思います。
また、EX の中の感情要素という点では、職場に感情経験が求められなくなっていく可能性もあります。職場で楽しんだり喜んだりしようとは思わないとか、職場で飲み会に行く必要ないでしょ、といったように若い世代の方はどんどんドライになっているという話も耳にします。
でも古い世代にとっては、飲み会も EX じゃないですか。お互いにバカ話をするような時間というのも EX の一部だったのが、そういう価値がだんだん変わってくるんだろうな、と感じます。だから、EX と「感情経験」と「感情労働の提供」というものが、つながりながら変質していくのかもしれない、今はその分岐点にあるのかもしれない、と感じています。
Q12:感情労働という点で、EXとEQ(感情の知能指数)も密接に関係しますね。
関谷:心理学的には、EQが高いことは基本的には良いことだとされています。EQが高ければ感情労働も上手にしなやかにやっていけます。なので、基礎体力がある人がスポーツ選手をやるみたいな感じで、EQが高いと仕事のパフォーマンスも出しやすいですし、ケガをしにくい土台になってくると思います。
Q13:感情労働への注目が改めて高まっている中、企業の方々と話す中で感じられることはありますか?
関谷:メンタルヘルスやエンゲージメントを考えていく切り口として、感情労働はめちゃくちゃ重要ですよね、ということは皆さんおっしゃいます。その割に認知度はまだ高くないのですが・・・。ただ、研究発表数でいうと世界的にもずっと右肩上がりですね。
Q14:研究が増えている国やエリアに特徴はありますか?
関谷:中国からの発信は増えている感じはします。韓国も感情労働をすごく重視している国なので、論文もよく目にしますし、研究も日本より進んでいるように思います。儒教的な文化の背景があるのかもしれませんね。
Q15:キャリア支援者が知っておくべき、あるいはキャリアを考える上で知っておくべき感情労働の意味とはどのようなものだと思いますか?
関谷:2007年頃に、エヴァ・イルーズという社会学者感情労働の概念を広げて「感情資本主義(エモーショナルキャピタリズム)」という概念を提唱しました。要するに、社会全般で感情が資本価値を持つようになっているという考え方です。例えば SNSや就活やマッチングアプリで何が価値として認められるかというと、それはもう感情ですよね。 EQ が高い人が市場の中で勝ち、感情経験を提供できる会社が儲かって、感情というものが社会の中で取引されて、場合によると資本家に搾取されている、という問題提起です。

(感情労働を提唱した)ホックシールドは、感情労働はあくまで職場で起きていると言いましたが、イルーズは職場に限らず24時間365日起きている、という考え方です。感情的な経験やスキルというものが、良くも悪くもすごく重要な価値を持つようになっていく中で、みんなが幸せになっていけば良いのですが・・・。
なので、キャリア支援者を考えたときに「感情労働を上手にやりましょう」とか「感情労働のストレス対策を考えましょう」というよりも、ちょっとメタに「感情ってキャリアの中でどういう位置づけになってくるんだろうか」と大きく捉えて考え続けることが本質的には重要なことなんだと思います。
Q16:クレームなど、感情的なものがお客様側から来ると、サービスを提供する側も感情的になってしまいます。でも、 AI になったら、お客様側の感情の行き場が無くなるかもしれない、ということも感じます。
感情のやりとりでしかでき生まれないものって、プラスもマイナスもあると思いますが、そこが AI になると寂しいな、という思いもありつつ、良いバランスが必要なんだろうな、と感じています。
関谷:感情って常に楽しい、嬉しい、ハッピーといったポジティブだけを味わえるものではないので、感情経験をたくさんすることが大事だと思います。それが「人生」と言ってもいいかもしれません。
仕事というのは、必ずネガティブな感情が混ざってくる気がしますが、それを回避しようとすると、すべての感情を薄味にするしかなくなってしまうと思います。なので「チャッピーの絶対に否定してこない共感の言葉って何なんだろう」と思ってしまいます。本当の意味の「感情」とは何なのだろう。 EXという点では、そういう問題や問いにもつながっていく時代に入っている気がします。
Q17:最後に、今後の研究の方向性やテーマは何ですか?
関谷:本を出版して 10年経ったので、改訂や書き足しをしたい、と思っています。一つは「時代が変わってくる中での感情労働の在り方」です。すごく大きな、ちょっと思想的になってしまうかもしれないですけれど、今だからこそ大事な問いになってくると思っています。一方で、メンタルヘルス面でのニーズもあるので、それに関しては今後、今までの枠組みでデータを細かく地道にボトムアップで蓄積していきたい、と思っています。
〇インタビューを終えて
「感情労働」という概念が生まれてから40年。労働を取り巻く状況は大きく変化して来ました。そしていま「感情資本主義」という新たな概念が提唱する「感情労働は職場に限らず24時間365日起きている」社会の中で私たちは生きています。さらに生成AIの進化によって、感情労働もEXも大きな分岐点に差し掛かっていることを、関谷先生のお話を通じて改めて感じました。そこで大切なことは「本当の意味の『感情』とは何だろうか」「キャリアの中で、感情はどういう位置づけになるのだろう」と自らに問う姿勢であり、それが人間性を取り戻すことにつながるのかもしれない。そんなヒントをいただいた時間でした。
プロモーションイベントの運営・実務を担当。趣味は読書といけばな。最近、涙もろいのが悩みです。
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